翌朝、ビクビクしながら教室に入ると、幸いまだ河野さんは来ていなかった。
僕はそっと安堵する。流石に教室で話しかけられると避けるのは難しいし、先輩の件で僕は一応学んだつもりだ。傷つける事はしたくない。
「なーしーまーくーん!」
「ひゃ、ひゃい!?」
しかし、何度も言うがそれは僕の中での決意であって、他人を制する事が出来ないのが何店だった。
「あははは、おかしな声っ。おはよっ」
「お、おはよう……」
何ていうかその……、この子は風邪を引くような子じゃないとは思っていたけどさ、元気すぎでしょ……。
「成島くんが風邪を引いてなくて良かったよっ、休んじゃったら恩返しが出来ないからね!」
「だ、だからその件はもういいって……」
「ダメダメェ! 私は絶対成島くんの為にしてあげるんだから!」
「ちょっ! もう少し声量を抑えて!」
「あはは……ごめん」
クラスメイトが訝しげな目でこちらを見てるじゃないか。具体的に例えれば「何をさせるつもりだ?」という、俺に対しての疑念の眼差しのオンパレード。
『だから、私諦めないから(*^^*)』
『別に声量を抑えてくれれば喋ってもいいよ……』
極端すぎる。もうちょっと臨機応変に生きないと後々大変な事になるぞ。
「あぁ!?」
「こ、今度は何っ?」
「消しゴム忘れちゃったよぉ~!」
「またかいな!」
おぉ、自分でも良いツッコミと思えるような事をしてしまった。それにしても、河野さんは消しゴムを忘れる呪いにでもかかっているのだろうか。いや、それよりも……。
すっかり警戒心を忘れて会話している自分に戦慄を覚える。学べよ俺。
「ほら、これ貸すから、先生も来るだろうしそろそろ席に着こう」
「わ~ありがとう! これでますます恩返ししなきゃいけなくなったね! 私、頑張るからっ」
「はいはい……」
もういいよ。このままだと絶対平行線をたどることになりそうなのでこちらから折れておこう。
河野未紅、意外と頑固な一面もあるようだ。恐ろしい……。
「帰ろっ」
「はぁ……その目と声音から察するに、本当に諦めてないようだね」
「当たり前だよっ」
「まぁ、行こうか」
「うん!」
おかしい、どうしてこうなったのだろうか。
こんな展開になるんだったら先輩との関係を保っておけばと後悔する。そうすれば若干罪の意識も薄まっただろうに。
しかし、正直言って後の祭り感が強いので、頭を振って歩く事に集中した。マジですいません鹿村先輩。
ただ、そうやって歩いていると、何か変だった。
隣で歩いている河野さんが「何をすればいいのかな~」と呟いているのは別にいい。辺りも至って正常で、いつもの放課後と思える。
だが、誰かに見られているような、そんな錯覚に陥ったのだ。
「河野さん、何か気配を感じない?」
「えぇ!? 成島くんってもしかして妖怪とか見えるのっ?」
「はぁ? どうしてそうなる?」
「だって気配とか言うから、最近アニメでも『妖怪』をテーマにした作品って多いし、感化されちゃったのかと」
「されるか! あ……大声出してごめん……」
「ううん、私のボケにいちいち突っ込んでくれる成島くんって、私結構好きだよ?」
「す、好きとか簡単に言わない方がいいよ!」
僕が過剰に反応したからだろうか。河野さんは「友達としてだよ~」とニコニコしながら付け足した。
「っと、う……余計にさっきの気配が強くなったぞ……」
「やだ~まだ言ってるの~? そんな気配なんて、どこにも――――ない、よ?」
「河野さん? どうしたの――――」
河野さんの発言にハッキリ感が無くなったので後ろを見てみると。
「わ、私の事は避けたくせに、他の女の子とは仲良くするんだねっ、涼、後輩君は!」
「か、か鹿村先輩!? 先輩がどうしてここに……いや! それよりもっ、僕とはもう関わらないって……」
「本当はそのつもりだったの! それでも本当にあれ以上関わってくれなくなったのがちょっとモヤモヤして様子を伺ってた! そしたら何!? どうしてもう同級生の子と仲良くしてるの!?」
「い、いや! これには訳がありましてですね……」
おかしい。うん、何で僕は浮気が発覚した夫のように先輩に対して言い訳ばかりしているのだろう。
「それにあなた! 名前は!?」
「こ、河野未紅ですっ」
「いきなり「好き」とか言ってたけどね、そんなにホイホイと男の子を惑わすような事を言うもんじゃないわよ!」
「す、すいません!」
「せ、先輩……少しキャラが変ですよ? 口調が特に」
「う、うるさい! この際私の事はいいの! うぅ~これも全て涼介君が悪いんだから! 責任、取ってよね!」
「えぇ……」
急展開すぎて少し置いてけぼり状態だった。果てしない変化に呻く事しか出来ない。
「あの、ひとつ質問よろしいでしょうか!」
「はい、河野さんっ」
「話を聞く限りとそのリボンの色から先輩みたいですけど、成島くんとどんな関係なんですか?」
「あーたまたま初日にさ――――」
「よく聞いてくれたわ! いい? 私と涼介君は運命の相手だったのよ。出会って初対面でふたりが恋に落ちたわ! それで学校が終わった後は……互いを求めて……あぁ! あの時を思い出すと、今でも体が火照ってきてっ、い、痛い! 何をするの涼介君!」
「そんな事してませんから! 河野さん、初日に僕が迷った時偶然鹿村先輩に出会って案内してもらったってだけだよ。だから、先輩の言ってた事は嘘。先輩も少しは落ち着いてください」
「うぅ……分かったよぉ~」
急に負の感情が爆発してしまう事もあるが、先輩のそれは過剰気味すぎる。
「ごめんね、河野さん」
「い、いえっ、私も軽率でしたから……」
「はぁ……それで先輩、これからどうすればいいんですか?」
「りょ、涼介君は……どうしたいの?」
「……あれは僕が悪かったですから、まず謝りたいです。それから……出来ればもう一度……」
「そっかっ、じゃあ私もそれでいいよ!」
うわーやっぱり先輩の笑顔は可愛すぎで直視出来ない。
「それじゃ……あの件はすいませんでした。そして、これからよろしくお願いします!」
「合点承知!」
「先輩キャラ安定してませんよ……」
まぁその笑顔の前では全然霞んで感じるんだけど……。
「はい!」
「どうしたの河野さん?」
「ちょっとふたりだけでピンク色の空気発しないで欲しいんですけど!」
「ん?」
「ん? じゃないよ! 目の前でイチャイチャされたらモヤモヤしたの!」
り、理不尽だった。それに先輩と少しキャラが被っているので、もしかしたら先程発覚した面倒くさいところまで似ていそうだ。
「あ、もしかして河野さんって、涼介君の事好き、とか?」
「なっ!? す、すす好きとかじゃないですよ! ただ優しくしてくれたから恩を返そうと思っただけで……」
「自分に素直になった方がいいよ~よしっ、なら乙女同士本音で語り合おうかっ」
「え、ええ?」
「てことで涼介君、また明日ね~」
「は、はい……」
うん、仲良きことは美しきかな、だね、うん……。
「まぁ良かった、かな」
どっちにしろ避けられなかった事なんだし、そうやって無理やり納得させてあるきだす。
「つくづく自分に甘々だよなぁ……」
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