『あの作品を書き終えたら』3

 自分が持っていない技術、能力を持っている人間が羨ましかった。

『漫画』や『小説』を始めとして、完成したら『作品』と呼ばれる類の事に関して頑張れる人がたまらなく眩しく、その後姿はとてつもなく遠い。

『スポーツ』とかもそう。何よりも継続して取り組める彼ら彼女らが眩しく、真似しようと思っても続ける事が出来ずに足掻いた。

 つまり、僕は何事も長続きさせる事が出来ずに、ただ闇雲に始めては放棄していく毎日ということになる。

 あれだけ努力していた『小説』もあの件があった以来はめっきり書かなくなり、また書こうとも思わず、今日までダラダラと目標もなく日々を過ごしてきて。

 久々に感じれた他人の温もりも自ら手放した。

「とは言ってもさぁ」

 それはあくまで『僕』の中で、ということを頭の片隅で捉えて置かなければならない。先輩に自ら「関わって」と言ってしまったために、先輩が近づいてくる事は必然だった。

 絶対とは言い切れないが、それでも鹿村先輩の性格上構ってくれそうな気がする。

 そうなった時にどうするかって話なんだ――――

「おはよう、涼介君」

 あーいきなりその場面に出くわしました。

「あ、え、と、お、おはようございます先輩」

 とりあえず出会ってしまったのは仕方ないと判断し、滅茶苦茶しどろもどろになりつつ挨拶を返しておく。

「どうしたの?」

「い、いえ! 別に何にも無いですよ――――あ!」

「ん?」

「す、すいませんっ、今日日直なのを思い出しまして! これで失礼させていただきますねっ」

「あ、うん……日直、頑張ってね」

「はい! ありがとうございます、鹿村先輩」

 そう言うなりろくに先輩の顔を見ず走り出した。



 何て言えば良いのだろうか。

 幸か不幸か? いや、今で言うと間違いなく不幸だな。今日は凄く先輩と出くわす事が多かった。

 例えば休み時間に立ち寄った自動販売機。暑くもなく、かと言って寒くもないので、どちらを買うか悩んでいたところに先輩も同じような用件で来てしまう。

「悩んでいるならレモネード、おすすめだよ」と進言してくれた先輩の言う通りにレモネードを購入し、適当に礼を言ってその場を去ったが、今思えばかなり避けている、と取られるような形相な行動だった。

 4限が終わった後の昼食も、6限の教科のため移動する際も出くわし、おまけにひとりで帰ろうとした今も遭遇して、一緒に帰っている次第と言うわけだ。

 今日は僕の行動があからさまであったために、少し前を歩く先輩の横顔はどこか元気が無かった。それでも、僕を誘ったからには言いたいことがあったのだろう。

 あまりにも急過ぎる僕の変化に対して、先輩は何を言いたいのだろうか。責められても文句は言えない。

「涼介君、もしかしてだけど、私のこと……避けてる?」

 かなりド直球な先輩の言葉に僕は思わず固まった。と言うか、固まるくらいしか出来ない。

「別に……別に良いんだよ? 素直に言ってくれれば」

「避けて、なんか……ないですよ」

 嘘だ。自分の言葉に思わず内心でツッコミを入れた。

 昨日、夜遅くまで考えて出た結論を実行しただけじゃないか、素直になってしまえ。そうやって心が訴えってくる。

 そうだ、確かに僕は出た答えに従って今日実行したのだ。

「あはは……涼介君は嘘が下手だな~……ふぅ……まぁ、最初から分かってた。誰も私なんか求めないって」

「せ、先輩?」

「だから、涼介君――――いや後輩君、私のことなんて忘れてください」

「は? え?」

「それが君のためになるんだからっ」

 鹿村先輩は瞳から零れた一滴を腕で乱暴に拭うなり僕の前から走り去った。

「な、何をやってるんだ僕は!」

 その事実を理解するなり自分の頬を思い切り殴る。

 痛い。自分でやったくせにそれこそ涙が出るくらい痛かった。それでも、先輩が受けたはずの傷よりは恐らく痛くはないはずだ。

 確かに『彼女』の件があるために自分を戒めたつもりだった。だから、日中の会話を極端に少なくし一緒にいる時間を限りなく少なくして。

 注意喚起していたにも関わらずそんな極端な行動しか取れない自分をもう一度殴ろうとしてやめた。

 嘘か本心かはともかく、先輩の口ぶりからすれば僕との関係は無くなったというわけだ。つまり、これ以上先輩を傷つけなくて済むと考えれば、プラスと言えるだろう。

「よしっ、忘れた! 忘れたぞ僕! ……忘れたんだ」

 翌日から鹿村先輩が近づいてくる事は本当に無くなった。

 勿論思うところが無いわけじゃない。せめて先輩を傷つけた事だけは謝っておきたかったが、近づいて乱すって事はしたくなく、その言い訳を盾にして授業を受けていた。

「でーあるからして、ここは――――」

 教科担任の声と、外で今もなお振り続けている雨音だけが教室に響く。

 僕も適当に板書を取りながらどこかやる気なく受けていると、不意に肩を2回優しく叩かれた。

 振り返ってみると、出席番号30番の河野未紅さんが困ったような顔で僕を見ている。

『ごめん、消しゴム貸してくれない?』

 ついでに下に視線を向けてみると、そこにはノートの端っこにそう言葉が書かれていた。頷いて消しゴムを渡すと、とても速いスポードで『ありがとう♪』と書き、消しゴムを使う動作に入っていく。

「おーい成島、前を向けー」

「あ、すいませんっ」

「よーし、続きやってくぞー」

 可愛い子に優しくするってのは一筋縄じゃいかないようだ。

 それから数分で授業も終わり帰り支度を始めようとした時、名前を呼ばれた。

「成島くんっ、ごめんなさい!」

 しかし、謝罪と同時に下げられて困惑する。周りも何事かと成り行きを見守っていて、僕は慌てて彼女に頭を上げるように頼んだ。

「ごめんって、何が?」

「これ! 私書き直しが多くて、半分くらいに減っちゃったの!」

「あ、あー別にいいよ、予備あるし。ついでだしもうそれあげるよ」

「本当にごめんね!」

「大丈夫だって」

 そう言いながら、だから授業中返ってこなかったのか~と納得していた。予備があると言ったのは本当で、授業中もそれに助けられたって感じ。

「じゃ僕帰るから、また明日ね河野さん」

 特に親しくもないのだが一応その場を去るために挨拶を済まし帰ろうとした。だが……。

「私も一緒に帰っていい!? 何かお詫びがしたいです!」

「は? いやだから――――」

「ちょっと待っててっ、今荷物まとめるから!」

 スタコラサッサと乱暴に河野さん所有のバッグに今日使った教科書類をしまいこむと、満面の笑みを浮かべて僕の隣に並んだ。

「帰らないの?」

「あっ、か、帰るけど……」

「じゃあ行こー!」

 終始ニコニコして僕を見上げてくる彼女に若干押されながら道を歩いて行く。が、そのニコニコって部分に引っかかりを感じて、思わず立ち止まった。

「成島くん?」

「ごめん、今日スーパーで夕飯の材料を買ってくるように頼まれてたんだ。だから、今日はこっちに行かなければダメだし、雨だから……」

「じゃあ私も行くっ」

「え……」

「そこで何か成島くんが欲しい物を買うよっ」

「いや別に……」

 消しゴム如きで女の子から何かを貰うってのも申し訳ない。しかも、逃れるための口実だったために、お金なんて持ってないし、それに頼まれてもいなかった。

 しかし、笑みを浮かべている河野さんを見ると今更「行かない」とは言いづらい。

 どうしてこうなった。先輩を手前勝手な理由で傷つけて関係を絶っておきながら、その翌日に他の人物、しかも異性と関わるとは。

「おーい、成島くーん?」

「ごめんっ、付き合わせるのも悪いし消しゴムの件も大丈夫だから! 雨だし河野さんも早く帰りなよ! じゃあねっ」

「あっ、えー!?」

 もう走った者勝ちだろう。僕は一目散にその場を去る事だけに集中し、息がかなり荒くなるまで体を酷使した。

「はぁ……はぁ……ごめん河野さん」

 ここのところ異性に対して謝ってばかりだ。結局は『偽善』なわけだけど。

 全ては僕が悪い。だからこそ僕は上手く立ち回らなければならないのだ。


Berth of rears

なんてことはない事を書き綴っていくブログです(笑) ※サイトアイコンは、ましろ(@msrmrn)様のフリーアイコンを利用させて貰っています。

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