「あの作品を書き終えたら付き合おう」
当時まだ小学生だった僕と相手の女の子は時期早々ながらそんな約束をしていた。
良くも悪くもそれが糧になったし、そうやって約束しただけあり、その女の子は魅力的で、一挙一動が自分にとっては眩しかった。
大げさに言えば、あの頃ほど精一杯に取り組んで生きていた事はない、と言えるくらいに充実した日々。
しかし、その生活は長く続かず、中学に上がる直前で彼女とは疎遠となってしまった。
いや、疎遠もなにも、彼女はこの世からいなくなってしまったのである。
僕はその事を何度も嘆いた。
どうして気づいてやれなかった! 僕は馬鹿かっ、と後から後から湧き溢れる無意味で無駄なことばかり考えて、結局諦めるしか選択肢が存在しない、そんな虚しい自問自答に疲れて。
最終的には、中学に上がるまでに全てを忘れたように振る舞うことにした。そして、それは今でも続いている。
「ふぅ……」
と、溜め息をついてみる。すると、元々吹いていた風が一瞬だけ強くなって、僕の髪の毛を揺らした。
なるたけ彼女の顛末を知ってる奴がいない高校を選択した。
入学式がある4月。少し重たい足を動かして学校に向かう。
少しずつだけど緩やかな勾配になっており、尚更僕の気分を落ち込ませた。「薄情め」と言われてしまうかも分からないが、別に彼女の件があったからとかではない。
そりゃあ少しはそれも担っているが、原因はこの登校する際の上りと、学校に在籍する生徒数の多さ、また強制部活登録と、マイナス要素ばかりが揃っている事に僕の態度として出てしまっているのだ。
じゃあそこを選ばなければ良かったじゃん、と言われてしまったら身も蓋もないが、中学時代を無気力に過ごした結果、何とかここに滑り込めたって次第である自分にとって、贅沢なんて言ってられない。高校に入学出来ただけで御の字だ、と言えなければ失礼ってもんだろう、中学時代の担任に感謝。
ともかく、そんなウダウダと考えていたら校門が見えてきてそのまま中へと歩み続けた結果が――――
「何で迷ってんた僕は……」
まさかの校門から真っ直ぐに歩いてきたにも関わらず、現在地が把握できないという失態だった。
「ええと……申し訳ない程度に学校の案内図が書かれている書類があったなっと――――忘れた……」
無い。他校と違って(他校がどうかは実際分からない)教科書類を入れるためのバッグなどは自由となっていたので昔使ってたバッグの中を見てみても無かった。諦めずに上から下までひっくり返して探してみるも、結局無駄な時間経過にしかならず。
「闇雲に歩いてもなぁ……」
「どうしたの?」
僕が、どうしたものか、と少し頭を下げた時、視界ギリギリの場所に二足の靴が入ってきた。それと同時に少女特有の少し高い声。
「え、あ、えっと、迷っちゃってさ」
「あーこの学校って分かりづらいよね~こっち、来てくれる?」
「あ、うん」
顔を上げて声の主を見てみると、とてもかわいらしい笑みを浮かべた少女がいて一瞬ドキリとする。しかし、彼女は慣れているのか、僕の腕を引いて歩き始めた。
「ほら、ここを真っ直ぐに行けば下駄箱まで行けるから」
「あ、ありがとう」
「ふふ、私は別に構わないけど、一応私って先輩になるからね。他の子の前では気をつけた方がいいよ~」
「す、す、すいません!」
「いいって、じゃあまた会えるといいね~」
終始笑みを浮かべたまま僕の所から先輩は去ってしまう。
「あ、名前聞いておけば良かった……」
情けない話があまり異性に優しくされた事の無い僕にとっては少し衝撃が強い。
足を一歩踏み出す度に左右にゆっくりと揺れるサラサラした長い髪。そして、誰とでも分け隔てなく接してくれそうな性格。不満も出ないであろう容姿など。
下心が無いと言ったら嘘にはなるものの、ああいう女の子と知り合いになれたらと考えるのは、男なら普通の事だろう。
「って、時間がやばい!」
学校の鐘が鳴り(勿論本物ではない)僕は走り出した。
入学早々遅れてたまるものか。
さて、肝心の入学式だが。
名前を呼ばれたら返事をして立つという動作や、礼をする動作といった事以外は特に変わった事も無かったので、あっという間に終わってしまった。
どちらかと言えば今から起こる、このホームルーム内での自己紹介の方が緊張する。
「な、成島っ、りょ! 涼介、ですっ。よろひくお願いします!」
うむ。想像通り噛みまくりであった。決して文字を打ち間違えたりとかじゃ――――あれ、何言ってるんだろ自分は……。とにかく、幸いと言えば、それを笑ってくれたことである。しかも冷たい失笑ではなくで、だ。
とりあえず謎の澄まし顔で自分の席に戻ると、今度は後ろの席の子が前に出て行った。
「河野未紅ですっ。よろしくお願いします!」
ははぁ! 最近の女の子は肝が座ってるなぁ、と感じさせられるような堂々とした挨拶をかます。
「はーい、以上30人! これから仲良くやっていきましょう!」
まだ比較的短時間(およそ10分くらい)でしか先生の性格を見れていないのだが、クラスの治安がいいのもこの先生のおかげかもしれないのだと勝手に想像する。
まぁ5月や6月の頃になると緊張が解けて見るも耐えない結果になる場合もあるが……、それでも今は比較的に良いように感じるので安心。
「それじゃ今日は解散です!」
先生の挨拶が終わると、それぞれの生徒がそれぞれの選択をしていた。
もう既に他のクラスメイト達と会話に華を咲かせている者や、中学が同じだった者同士で帰ろうとしている奴らなど、高校生活が始まったんだなぁと感じさせられる、そんな彼ら彼女らの行為だ。
しかし残念ながら僕はひとりで教室を後にする形となった。その過程で誰も話しかけてくれようとはしない。
いいんだ! 別にひとりでもやれるもん! と気持ち悪い口調で内心呟いていると、たまたま今朝お世話になった先輩が僕の前を歩いていた。
「あ、あのっ、先輩!」
「ん~? あ、今朝の子だね」
「は、はいっ、その件はありがとうございました!」
「朝も言ったけど別にいいよ~そうだ、君の名前教えてくれる?」
「な、成島涼介です!」
「ほ~涼介君ね。私は鹿村都子。一応朝も言ったけど涼介君よりも先輩です。と言っても1つ上なだけだけど」
「あんまり先輩と言えないかもね」と鹿村先輩は少し困ったような顔で笑った。
正直に言いましょう、心の中でだけど。
その顔が可愛いんですよチクショウ!
「こ、この後って時間、ありますか!?」
「おや? もしかしてデートのお誘いかな?」
「で、でででデートなんて滅相もない!」
「なんだぁ残念だなぁ~でも別にいいよ、どこに行く?」
「た、ただ一緒に帰ってくれれば良いです!」
そうやって声を大にして伝えてみると目を白黒させていた。少しして「まさかそれだけなんて思わなかったから」という言葉も添えて。
流石に入学早々告白するつもりなんてない。ましてや『彼女』の件とかあるし……。
「じゃ行こっか。涼介君」
「は、はい! よ、よろしくお願いします!」
しかし、結局校門を出て道路を歩きはじめても勇気が出ずに喋る事が出来なかった。
それでも鹿村先輩は楽しそうな表情のまま前だけ見て歩いているのを見るに、消して嫌なわけではなさそうだ。
「涼介君ってさ」
「は、はい?」
「女の子と付き合ってた事ってある? それとも、現在進行系、なのかな?」
「そ、そんな人いませんでしたよ。小学生時代にはそういう可能性もあったかもしれませんが、結局無残に散る結果となりました」
「へ~どんな事があったのか聞いてもいい?」
「すいません……流石に小学生時代の事を言うのはちょっと……」
「ううん、ごめんね。限りなく初対面にも近いのにズケズケと踏み込んで」
「いいんです。それに過去は変えられなくても未来はある程度コントロール出来ます。知り合ったのも何かの縁と考えて、これからも関わってくれたらなぁって、どうですか?」
「また年下の男の子に口説かれちゃった」
「せ、先輩はそんなに人気なんですか!?」
だとしたらマズイのでは? いや、消して彼女になってもらうとかではないけれど。
「君に、だよ」
「え。はいぃ!?」
「あははっ、涼介君は面白いねぇ~仕方ないから関わってあげようかなぁ~」
「ちょっ、仕方ないってっ」
「うそうそ。それにね、私もそろそろ――――」
「今なんて言いました!?」
「気にしない気にしない! さてと、私はこっちだから、またね~」
「あっ、ちょ――――」
結局逃げられてしまった。
「でも、一先ずの学校生活は大丈夫そうだな」
可愛くて優しい、そんな鹿村先輩がいてくれればそれだけで。
「いなくなったり、しないよな」
それ以上の関係なんて望むべきじゃない。
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↑趣味で書いてます。レベルは知らないですが、楽しいので、皆さんもやってみてください。次話も書いていきますよ。では。
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